『人は、誰もが人として生きるべきです。
そんな社会ができることを願って私は活動して参りました。特に知的障害のある人々を取り巻く環境は、偏見と誤った理解が壁となり、良い社会が作られられているとは言えません。とりわけ日本は、欧米諸外国と比較しても遅れをとっていると思います。
それは、私たち一人ひとりの心に潜む無関心が、大きな要因だと考えます。』
これは、細川佳代子さんの言葉です。
今、細川さんは活動の表舞台から身を引かれていますが、1994年にスペシャルオリンピックス日本を設立し、2005年に冬季世界大会・長野を開催、また、ableの会代表として知的障害のある人々の立場に立った映画製作など様々な活動を続けてこられました。
「今はそうでなくてもきっと叶うわ」と、まるで虹のかなたにある理想の世界を見つめるように、熱く語る細川さんの映像記録があります。その世界は、人類共通の願いであるかもしれません。
私は、細川さんが思い描いているこの世界をSFやフィクションでなく、現実に存在する素晴らしい人々の暮らしの中にご紹介したいと思い、今回のドキュメンタリー映画の企画を考えました。
映画に登場するのは、ドイツ西北部のノルトライン=ヴェストファーレン州、ビーレフェルトの町の片隅に2.3㎢の敷地を有すBethel(ベーテル)という福祉施設です。
ここは、1868年、今から156年も前に、ボーデルシュヴィング牧師夫婦が始めた小さな癲癇(てんかん)クリニックとして誕生しました。やがてあらゆる障害のある人々や家のない人、 身寄りのない人も受け入れられるようになり今日へと続いてきました。
設立当初から牧師は、「施しではなく仕事を」とのスローガンを掲げ、そこに人が集まり、暮らしの場として町のような施設が形作られていきました。
人が集って来ると仕事場ができ、クリニックが大きな病院となると多くの医師やその家族がやってきて住むようになり学校ができ、さらに人が来るようになると、住宅、ホテル、レストラン、カフェ、ベーカリー、衣料品店、家庭雑貨店など、まさに町が生まれ、周辺には労働力を求めて工場がいくつもやってきました。
現在のBethelは利用者が年間24万人、働くスタッフの数は1万人、医療施設、研究機関、教育施設、文化施設、グループホームなどを含めた様々な住宅があり、まさにInclusive Societyとして世界に注目される存在となっています。
映画「人は人なれ」(英題: Let People Be People)は、ここBethelのさまざまな人々の暮らしぶりを取材、またInclusive Societyの仕組み作りや歴史への取材を通して、知的障がいのある人々が真に幸せな生活を送る道を探索するヒントにして頂ければ幸甚です。
語り部は、真のInclusive Societyを目指して30年以上活動されてきた細川佳代子さんの想いを重ねる意味を込め、細川さん自身の「心の声」を展開します。
知的障がいのある人々を取り巻く社会を、実在するドイツの小さな町の様な施設をモデルに「こんな社会ができたら素敵なのに……でもなぜできないの?」という視点で描くドキュメンタリー映画です。