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物語

アメリカ アリゾナ州の新興住宅街ギルバートに住むキャサリン・ルビとマーク・ルビ夫妻は、知的発達障がいのある日本の少年2人をホストファミリーとして受け入れ、一緒に数ヶ月間、生活することを決めた。これは、2人にとっても冒険だった。

事前に日本から送られてきた情報では、19才のゲン・ワタナベはダウン症、17才のジュン・タカハシは自閉症である。2人とも、知的発達障がいを持つ人のスポーツを振興しているスペシャルオリンピックス日本のアスリートであるとも紹介されていた。キャサリンは、地元のボランティア団体で仕事をしているものの、知的発達障がいについては、それまでほとんど知識がなかった。そこで、2人のために、規則正しい日常のシステムをつくり、それにそって生活をつくらなければならないと考え、勉強会に出席したり、インターネットやさまざまな人からのアドバイスを受けた。準備期間の2ヶ月は瞬く間にすぎた。

17歳のジュンは地元のギルバート・ハイスクールのスペシャル教育クラスに通うことになった。学校のクラスは、楽しそうだった。クラスメートにチャドという少年がいた。チャドは、7歳の時に交通事故に遭い、脳の損傷から重複障がいを抱えている。彼は、自らを「Big Chad」と命名し、心の大きなリーダーを目指しているにふさわしく、何かとジュンの面倒を見てくれた。

ゲンは40年の歴史を持つペリー・リハビリテーションセンターで仕事のトレーニングを始めた。その初日、与えられた仕事を難なくこなしていたゲンだが、一人で寂しさのあまりか、仕事を張り切りすぎたのか、テーブルの上に涙の水たまりができるほど泣いてしまった。しかし泣いたのはその日だけだった。ゲンもジュンも職場や学校を楽しむようになっていった。

キャサリンは2人をアメリカでもスペシャルオリンピックスのスポーツプログラムに参加させたいと考えた。そして、いろいろな競技種目の中から、自分一人で行う種目ではなく、攻撃と防御の両方があるチームプレイのバスケットボールを選んだ。練習が始まると、ジュンは、誰かがボールをくれるのを待っていた。ゲンは、おとなしくしていたが、一度エンジンがかかればハッスルした。コーチは、彼らをウォームアップから、ストレッチ、ジャンピング、腹筋、そして、コートの端から端までランニングして行ったり来たりと、的確に指導していた。ゲンもジュンも楽しげにマイペースでついていった。

そんなある日、家族4人でシー・ワールドにイルカショーを見に行った。そこで、カリフォルニアに住む中国人・レイチェルに出会う。彼女は自閉症の息子ジョシュアのために熱心に活動している母親で、自閉症についての体験的な話をいろいろと聞かせてくれた。家に帰ったキャサリンは、もっと、自閉症についての知識を得たいと、インターネットで、「馬と自閉症の関係」という興味ある項目を探しだす。そして、ある専門家に連絡をとってみると、その人は、2人の少年のためにセラピー乗馬を強く勧めてくれた。

ジュンは日本にいる頃から、めったに声を発しない少年だった。彼の意思表示は、頷くことくらいだった。しかしキャサリンは、そんなジュンに、毎朝・毎晩、話しかけつづけていた。「グッド・モーニング」「グッナーイ」、「グッド・モーニング」「グッナーイ」・・・・・。そしてある日、ついにジュンが声をだした。「グッ..ド......ナ...イ」。あまりの嬉しさにキャサリンは思わず涙をこぼした。

スペシャルオリンピックス・アリゾナが主催するバスケットボール大会に、2人が正式なアスリートとして出場できる通知が来た。マークとキャサリンは、近所の公園に2人を連れていき、バスケットボールの練習を開始した。
ゲンはとても順調に作業をつづけていた。ペリー・センターでは、ゲンを一般の社会で仕事をさせることの検討会が開かれた。結果、ゲンは、フェニックスのレキシントンホテルで働くことになった。ホテルには、多くの知的発達障がい者が働いていた。一方、ジュンも学校で野球をしたり、コンピューターで学んだり、調理や粘土細工など、毎日忙しく授業を楽しんだ。チャドからは、人々のために扉をあけてあげる優しさを学び、それをも楽しむようになっていた。

スペシャルオリンピックスのアリゾナ州大会の日が来た。ジュンは絶えず大きな微笑みを浮かべて、一応コートを端から端まで走るのに比べて、ゲンは後方でうろうろとしているだけ。他の選手たちはとても積極的なのに、相手のボールを取ろうとしない2人。キャサリンは日本語で「トッテ」と叫んだ。「トッテ」「トッテ」「トッテ」.......。キャサリンとマークの熱心さに押し出されるように、2人は次第に積極的にプレイするようになる。優勝はできなかったものの、2人の顔は晴れやかだった。

日本へと帰る日を前にして、キャサリンとマークは2人が結婚した場所セドナへ、ゲンとジュンを連れてピクニックにでかけた。自然を楽しみ、ランチを食べ、写真を撮りあって遊ぶ4人。ゲンは素晴らしいカメラマンぶりを発揮し、キャサリンを驚かせた。ペリー・センターでのさよならパーティーでは、ゲンは見事なダンスも披露して皆の喝采をあびた。そしてジュンもクラスの皆にさよならをする。チャドはスーパーマンのTシャツをつくってプレゼントしてくれた。皆にさよならの手を振った後、しばらくしてジュンの目から涙がこぼれた。

ついに別れの日がやって来た。「2人にとって、良い日々をおくってこれただろうか?」キャサリン夫婦は自らの 数ヶ月の奮闘を思い返し、少年たちが眠りについた夜、2人だけの部屋で静かに語り合い、そして泣いた。今、2人は、少年たちとの生活に誇りとたしかな可能性を感じていた。